東北の震災の事
震災の半年前に東北を自転車で訪れました。
一日目は、仙台空港から松島ユースホステルまででしたから、確かに仙台の荒浜地区を走りました。
夏真っ盛りで海水浴客が私の立ち寄ったコンビニで楽しそうに買い物をしているのが印象に残っています。
その荒浜地区の荒浜小学校がこのゴールデンウイークに一般公開になるのを、タイで見たNHKテレビで知りました。
頭に残って離れません。
公開は歴史から学んでほしいという願いからだと思います。
今日見に行きました。
一年前にも実は荒浜小学校は見に行ってます。閉鎖されていて、道路からでしたが、名古屋からバイクで北上したときです。
その他にも東北の震災に関わる場所にも行きましたが、このブログにのせることは、どうしてもできませんでした。
のせることはできませんでしたが、
自分も教育者のはしくれとして、石巻のあの小学校の痛ましい犠牲も含めて、何ができるのかは常に問いかけてきました。
今回一番感じたことは、やはり一生懸命予測準備をしよう。固定観念を努力してはずそう。もし懸念事項があれば事前に動こう。
ということでしょうか。
石巻にも震災前と震災後に行ってます。
松島ユースホステルは学生時代の最後の夏に自転車本州縦断をなかまと行い泊まった思い出の地でした。
そこもあの見事な松の木とともにもうありません。
この当時の荒浜小学校の校長先生は立派で、体育館への避難訓練を廃止して屋上避難訓練にあらかじめ統一していたそうです。
そのため当時校舎にいた子たちは全員助かりました。
それでも、一部の地域の方々を助けることができなかったことを、悔いている言葉が印象に残りました。
どうしても、長く生きていると、何かを背負わざるを得ません。次はどうするか、それを考えて生きることしかできません。
とりあえず、一部の写真をのせます。
震災後子たちが作った震災前の荒浜地区の様子