歩いたりまわしたり

自転車‥フットパス、ロングトレイル、山‥ 好きです (^o^) I like walking and turning pedals .

外国を自転車で走る理由とサイクリングクラブ設立の理由

今日はウドンタニーに連泊なので身体を休めています。少し横道にそれて

 

外国を自転車なんて物好きじゃない?

なぜ?

に今思っていることを……

 

去年、ある方からなぜ札幌サイクリングクラブをつくろうとしたのかと聞かれたのですが、そのことにも少し触れてみたいと思います。

 

今連泊していて何か物足りない。ムズムズしています。体力を増すためには、適度な休養も必要だと分かっているが落ち着かない。

逆に朝の走り出すときの高揚感は今でも変わらずにあります。これからの事への好奇心でしょうか。自分の心身も含めて。知らないものを見てみたいという思い。

そのために最も必要なものは、感性だと思っています。

 

そしてそれを阻害するものは、例えば疲れ……疲れて何もかもが嫌になってくる……無感性になってくる。見えているのだが見ようとしない。そうならないために体力をつけていきたいという思いがあります。体力がついてくると、ただ座っているのだけで景色が自分の目で観察できる適度なスピードで移り変わっていく経験ができます。またこの道はこんな走りをしていこうと仕組んで能動的な運動、楽しみができてきます。

もう一つ感性を阻害するものは、固定観念だと感じています。少し経験を重ねてくると、これはこういうものだと走らないうちから決めつけたり、少し走って決めつけたりしやすい傾向があります。

 

旅行をしていてもその傾向には気をつけなくてはといつも思っています。(例えばこの国はこうだ!と決めつけやすくなったり……)

 

なぜ自転車なの……?

前にオーストラリアに自転車を持っていかずに何日も滞在したことがあります。しかし決められた観光地をまわるだけで、暇でしょうがなくなりました。やはり普通の街を自転車でまわる方が圧倒的に刺激があるのだと分かってしまいました。少なくとも自分には……。

自転車は他の交通機関にない自由さがあります。そして道途中で何度でも変更できる自由さもあります。

一方自転車にトラブルはつきものです。機材の故障、気象状況の変化、道の変化、身体の不調……それに対応して時には楽しんでしまうバイタリティーのようなものまで求められることも。広い視野、自由さの裏返しの自己責任、自立などの助けにもなる側面もあります。

 

サイクリングクラブ設立の目的みたいなものですが、

自転車の何か大会にむけての組織はあるかもしれません。わたしもいろいろな組織を経験させてもらいました。

自転車の大会は、いわば自転車のお祭りのようなものです。お祭りに向けて、こうしていこうと目標を設定すれば、モチベーションも上がります。しかしそれは一過性のものになりやすいです。受け身になりやすい。そして気をつけないと狭い世界のなかで頭が固くなりやすい傾向もあります。

 

自転車は

自分で設定できることの自主、自由さを基にするもの

感謝し謙虚で広い視野がもてるもの

自立できるもの

安全に寄与できるもの

そしてふつうのもの(自然や人との距離感の近いもの)

という思いがあります。

 

サイクリングクラブもそんなふつうのクラブが一つくらいあっても良いじゃないかというのが設立の主な趣旨です。(偉そうに言えば……)

 

大きくしようだとかこちらが意図することではないと思っています。存在意義があるのなら残っていくでしょう。ただそこに、ぶれずに存在しているだけで良い。

幾多のサイクリングクラブが存在しては消えていきました。

長く続けていくためには、無理をしないこと。

そこにあり続けて、必要な人に利用してもらう、

必要ならばお互い刺激し合い視野を広げることに寄与する

安全で家族団らん健康に寄与する

自立したサイクリスト育成の一助になる

ことを願っています。

 

 だらだらと偉そうに書いてきてしまいました。

このへんで……

(^_^)

 

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